ぱせり倶楽部

blog 2006.7.4~2018.8.1

レポート

ハートカフェのブログに、旅レポート書きました。転記します。



だんなの遅い夏休みを利用して、東北旅行してきました。
普段は電車好きなので、鉄道利用の旅が多いのですが、
今回は被災地を見たかったので、車で行きます。
ゆっくりと、下道で。汗。

行く前に、チームませうの今井先生と連絡を取り、
向こうで会える人を紹介していただきました。
行くのなら、誰かに会っておきたい、そしてお話を聞きたいなと。
連絡先を聞いたのは、新潟で講演もやりました、
菅野千秋さんです。
菅野千秋さんは震災直後から、陸前高田市立第一中学校の
避難所で、支援活動を開始されました。
チームませうとは縁の深い方です。

18日、夕方松島に着きました。

有名な景勝地ですが、海岸の傍らには、
津波到来の石碑がありました。
私の背丈よりも少し高い程度かな?
なので、建物が壊れてる被害はあまりなかった様子。
観光客もたくさんいました。

そこから石巻に抜け、石巻で一泊。

19日は、石巻石ノ森章太郎萬画館へ。

津波に飲まれたという話を聞いたのですが、
建物に変わった様子はない感じ。
それでも海岸際に建っているので、
周りの建物が壊れていたり、空き地があったり、
気になってはいました。
石ノ森好きなので、ひと通り館内を見た後、
劇場版009の監督の声が聞こえ始めます。
流れていたのは試写会のビデオ。
津波の被害のことが語られていました。
そして被害後のパネル写真で、涙。
がんばって再開したんですね。
建物の外に出た後、見上げると、
二階の窓の上の方に、津波が来た位置が記されていました。
7mくらいかな。
松島より、深くなってきました。



ここから海岸線を通って北上します。

線路も並行して走っているので、
我が家としては駅の状態とかも気になるところ。
代替輸送のバス停がある駅を見つけて休憩です。
そこには壊れたままの駅舎がありました。
だんなは建物の周りをぐるっと見てきたようですが、
酷い有様だったようです。
ここから先の鉄道はBRTに変わってまして、
線路を取り払い、専用道路としてバスが走っていましたよ。

しかし、新潟の海岸線とは随分違いますね。
海のそばに山があるんです。
その山の谷筋には、かならず海があって、
ちょっと拓けたかなと思うと、海が見えるんです。
津波はそこから入ってきたようで、
山道なのに、道路の上に「津波浸水区域」の看板がありました。

だんだんダンプカーの往来も多くなってきます。
道沿いに、テレビで見た覚えのある
壊れたままの建物があったり。
でも多くの建物は壊されていしまったのか、
ただ雑草の生えている土地がたくさんありました。
きっと以前は、建物があったり、農地があったはず。
こんなに人がいる雰囲気のある街で、
こんなに建物が少ないはずがない・・・。
それは、津波の被害にあっているということなんだろうなあと、
想像するしかありません。



街にでても浸水区域の表示がありました。
どれだけ高い津波が来たかということよりも、
どこまで広く津波が来たかを表示してありました。
廃棄物処理をしているところがあったり、
仮設のコンビニがあったり、
南三陸町気仙沼から陸前高田までは、
そんな街の様子が続きました。

千秋さんとは、陸前高田
奇跡の一本松駐車場で待ち合わせです。
遠目で車窓見学しましたが、もうレプリカなんですよね。
駐車場脇には売店も並び、観光地になっていました。
初対面なのに、顔を見た途端「ああ!」とか言って、
お互いが分かったのは、Facebookのおかげかな?

そこから少し離れた慈恩寺さんへ。
こちらもチームませうと縁のあるお寺さんです。
目の前に津波が走り、寺にも建物土台の下まで津波が来たのですが、
境内を地域の避難所として開放してくれたお寺だったそうです。

なんの約束も連絡もせずに、突然の来訪、
なのにご住職さんにいろいろお話してもらいました。

文明の利器と言われる電化製品は、まったく役に立たず、
だから情報もなにも入ってこない。
自衛隊のヘリらしいものは飛んでいるけれど、
みんな街の方に向かっていくので、
無事だった家の食料を持ち寄ってしばらく過ごしたとか。
1000年に一度の大きな津波
60年に一度津波は来るけれど、
体験者の世代が入れ替わって語る者がなく、
この地域でも危機感が少ないんだそうです。

千秋さんも当時のことを語ってくれました。
家族のみんなが家にはいなかったので、
とりあえず命は助かった。
けれど、避難所に行ったとき、近所の人の、
会えたとか、会えていないとかを聞いて、
自分になにができるのかと考えたそうです。

聞いている話が、想像するだけで切なくて、
これは当事者ならいかばかりかと思うのです。

それから、私はハートカフェというイベントをやって
新潟に避難してきた何人かの福島の方を知っていますが、
その被災の種類によっても、問題はいろいろと違っていて、
なかなか複雑なんだなと思いました。
新潟でも大きな地震が2回も起きてますが、
その方たちの心痛も、きっとまだまだ続いているのだろうと思うのです。



とても名残惜しかったのですが、
1時間ほどの滞在で、お別れしました。
チームませうは陸前高田に11月訪問予定です。
私は現地には行けそうにないですが、
私にできることをしようと思っています。

そのためのハートカフェ!
私の代わりにチームませうが行く、
そのチームませうの支援のために動きます。

今日は一日楽しみましょう。
笑顔を集めましょう!